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受験業界にだまされない家庭学習法

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家庭教師は、学習障害に何ができるのか?!

--「奇跡」を起こす方法とは--

 

 

 

「学習障害(LD)かも知れない」

 「うちの子は学習障害(LD)ではないか」。そんな不安がふと心をよぎった経験のある親は、意外と多いのではないだろうか。あるいは、学習障害ではなくとも、何らかの発達障害か、注意欠陥多動性障害ではないか、と疑うことがあるかも知れない。最近(とは限らないかも知れないが)の子どもは一般に落ち着きがなくて、なかなかじっとしていられないことも多い。だから、わが子がしょっちゅう走り回っていたり、15分も机に座っていられなかったりすると、親はつい「もしかして」と思ってしまう。「学習障害(LD)」「発達障害」という言葉はよく耳にするものの、実態がつかめないので、言葉が独り歩きしていることも背景にあるかも知れない。

 

「中学受験」と「学習障害(LD)

 そういう事情もあってか、「学習障害」は、家庭教師派遣会社のいい商売のネタになっているようにも見受けられる。今や、家庭教師センターの売りは「中学受験対策」と「学習障害(LD)対策」の二つだと言ってもいいくらいである。けれども、中学受験はともかく、もし学習障害が本当に「障害」であるのならば、いったい家庭教師に何ができるというのだろうか。

 

「学習障害をもつ生徒への指導経験豊富」

 そもそも、「学習障害」などという言葉ができるずっと以前から、家庭教師も、家庭教師派遣業もあった。

推計によれば、学習障害をもつであろう子どもは、1クラスに23人はいてもおかしくないくらいである。したがって、家庭教師派遣業として、顧客(生徒)の数もそれなりにあるのだとしたら、その中に学習障害の子どもが一定程度含まれている可能性は十分にあるだろう。いやむしろ、成績不振だからこそ家庭教師を頼むケースが多いことを考慮すれば、その割合は通常の公立学校などよりも高いかも知れないのである。

だから、たいていの家庭教師センターなら、「学習障害をもつ生徒への指導経験豊富」と謳おうと思えば謳えるわけだ。

 

「学習障害を治す」

けれども、家庭教師による指導が「学習障害対策」として本当に有効かどうかには、大いに疑問がある。

 もちろん、「学習障害と診断されたのに、優秀な家庭教師のおかげで克服できた」というケースはあるだろうし、「学習障害を治す」とまで言っている人もいる。けれども、たとえ家庭教師がどんなに優秀であろうと、生徒がその程度のことで「治る」のだとしたら、それは実は「学習障害ではなかった」ということではないのだろうか。

つまり、はじめの「学習障害という診断」が誤診であったので、本当は「障害」ではなく、単なる「成績不振」に過ぎなかったということだ。

むろん、それはそれで喜ばしいことである。

 だが、これが本当の意味での「障害」、つまり「生まれつきの中枢神経()のはたらきの障害」だとすれば、家庭教師がいかに優秀であろうと、またどんなにがんばってみたところで、症状そのものが改善するとは考えにくいのである()

 

 (注・ヘンシュ貴雄『頭のいい子ってなぜなの(海竜社)には、脳科学に基づいた実際の学習障害の治療例が紹介されている。このような例が報告されていることは、それ自体が大いなる希望と励ましとなるものだ。だが、それと同じような効果を一般の「家庭教師」に期待するとしたら、それは相当な無理があるという気がする。)

 

「奇跡の人」

 ところで、やや唐突に思われるかも知れないが、ここで思い出すのは、奇跡の人ヘレン・ケラーとその家庭教師であったアン・サリヴァン先生のことだ。ふつう日本では、奇跡の人とはヘレン・ケラーその人であると思われている。だが、実は、それは、ヘレンに「奇跡」を起こした人、すなわちサリヴァン先生のことである。もしサリヴァン先生がいなかったとしたら、一体、ヘレンはどんな人生を送っていたのだろうか。

盲・聾・唖の三重苦を背負いながらハーヴァード大学を卒業したヘレンは、障害を「克服した」と言ってもいい。だが、その「克服」とは、彼女が障害を免れ得たという意味ではない。いかにサリヴァン先生であろうと、ヘレンの目を見えるようにしたり、耳を聞こえるようにしたりすることはできない。

サリヴァン先生がしたこととは、ヘレンの目や耳の障害をどうにかしようとすることではない。そうではなくて、彼女に「新たな目と耳」を与えることであった。

今、ヘレン・ケラーの自伝を読んでみると、まるで情景がありありと目に浮かぶように描かれている。これが目も耳も不自由な人の書いたものだとは、にわかには信じられない。それこそが、サリヴァン先生が彼女に与えたものなのではないだろうか。

 

ヘレン・ケラーから学ぶこと

 「学習障害」は、視覚障害でも聴覚障害でもない。けれども、ヘレン・ケラーとサリヴァン先生のケースから学ぶことは多いと思われる。

第一に、障害は、克服することができる。

けれども、それは、必ずしも他人と同じようになるとか、同じことができるようになるという意味ではない。他人にはできるのに、自分にできないことはあるかも知れない。そんなことは当たり前のことである。けれども、自分にできることをもっと伸ばすことによって、できないことを補うこともあり得るし、場合によっては他人以上の能力や才能を発揮できることもあるということだ。

 では、その子にとって何が「できること」であるのか。また、それをどう伸ばしていけば、「できないことを補い」、あるいは「他人以上の能力や才能を発揮する」ことができるようになるのだろうか。

これは極めて難しい問題だ。

 もし、家庭教師が本気になって「学習障害対策」に取り組むとしたら、この課題を解決していかなければならない。

 

「奇跡」が起こったわけ

しかし、果たして、そんなことが可能だろうか。

 ヘレン・ケラーとサリヴァン先生の場合は、それができたわけである。

だが、サリヴァン先生は、同じ「家庭教師」と名が付いてはいても、今の日本の家庭教師とは全く異なることをしていたのだ。

日本で家庭教師と言えば、週に12回くらい家庭を訪問し、2時間ほど生徒の横に座って勉強を見ているだけだ。

ところが、サリヴァン先生は、「住み込み」なのである。つまり、文字通り生徒と寝食を共にし、二十四時間体制で仕事をしているのだ。それどころか、ついにはヘレンを両親と別居させ、二人暮らしを始めるのである。

日本の家庭教師は、アルバイト感覚で、週に12回くらい授業をして「次のテストで成績が上がらなければクビかも知れない」などと考えながら生徒に接している。ところが、サリヴァン先生は、ヘレンの指導に自らの人生を賭けているのだ。いわば、ヘレンこそが彼女の就職先だったわけであり、ヘレンの親もまた、そのつもりで受け入れている。要するに、先生も、生徒の家族も「覚悟が違う」のである。

そのくらいのことをしないと、「奇跡」は起きなかったと言えるだろう。

逆に、そのくらいのことをしたからこそ、「奇跡」は起きた。

つまり「奇跡」は、起こるべくして起きたのだ、とも言えるのである。

 

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「奇跡」は、起こるべくして起こる

 問題は、今時の日本で、そんなことが可能かということだ。

 アルバイト感覚の家庭教師に、そこまでの覚悟があるはずもないのは言うまでもなかろう。

仮に、そこまでやってみたいという家庭教師がいたとしても、それにかかる費用を、いったい誰が負担するのか。

日本の、ごくふつうの家庭の経済的事情からすれば、そんなことは、どだい無理なのである。

では、現代の日本では、決して「奇跡」は起こらないのだろうか。

あきらめるのは、まだ早すぎる。

「奇跡」は、起こるべくして起こるからだ。

 

日本で「奇跡」を起こすのは

 では、今の日本の家庭で、学習障害をもつ子どものために「サリヴァン先生」の役割を果たせるのは、いったい誰なのだろうか。

それは、「親」しかいない。言うまでもないことだろう。

二十四時間体制で子どもを見ていられるのは、ふつう親だけだからだ。

そして、たまに来て、ふつうに勉強を見ているだけの家庭教師よりも、いっしょに生活している親のほうが、当然ながらずっと子どものことをよく見ているはずである。

従って、子どもの良い点もずっとよく知っており、これから伸びていくであろう点についても、他の誰よりもよくわかるに違いないのである。

だから、今の日本で「奇跡」が起こるとしたら、それを起こすことのできるのは、親しかいないといって間違いない。家庭教師に多くを期待することはできない。親ができることに比べれば、時間にせよ、意識にせよ、家庭教師には限界がありすぎる。

 

親が教えることの難しさ

 とは言うものの、親が子どもの教育、とりわけ学習面での指導をするとなると、難しいことが多いのもまた確かである。

サリヴァン先生がヘレン・ケラーと二人暮らしを始めたのも、甘やかしがちの母親からヘレンを隔離するためだったという。また、現代の日本では、子どもの勉強を見ている親のイラつきが、子どもに良くない影響を与えているとも聞く。

だとすれば、親だけの体制でやっていくことも、やはり不安なのではないだろうか。

 すなわち、陰から親をサポートするような役割をもつ人がいることが望ましいのである。

 

二人三脚での指導

 このように考えると、特に「学習障害」があったり、それが疑われる子どもの場合は、あくまで「親」を中心にしながらも、「その相談相手」との二人三脚で指導をしていくことが、現実的な選択としてはベストなのではないかと考えられる。

第一に、そのような「相談相手」は、家庭教師ではないので、ひんぱんに家庭を訪問する必要はない。従って費用も家庭教師のようにはかからない。その意味では、家庭の負担が少ないからである。

次に、「相談相手」の役割としては、(1) 親と話し合いながら、子どもの「できること」と「できないこと」を見極め、子どもの良い点を探し、どんな点を伸ばしていったらいいのかを一緒に考えること。(2) 勉強の「教え方」についても助言をすること (というか、親が「家庭教師」のようにならないように気を付ける。親が教える場合は、「いかにもお勉強」というものは最小限にして、生活や遊びを通して教えたほうがいいからだ)(3) 教材などについても、その子にあったものを親と一緒に考えること、などがある。しかし、何よりも大切なことは、親の精神的な支えとなることではないかと思う。

親があまりに気負って疲れてしまうと、続かなくなるからである。

 

「親の気持ち」がわかるのは、「親」

 実は、こういうやり方は、「学習障害」のあるなしにかかわりなく、家庭教育の方法として有効なものである。

家庭教育の中心が親であることは疑いを容れない。けれども、親だけでは不安であるのも、また確かなのだ。

ところが、若い家庭教師では、相談相手としていかにも心もとない。学生などの家庭教師は、受験から日が浅いので学校で習った内容をまだ覚えている(らしい)という以外に利点がなく、おそらくは子育ての経験すらないだろう。かく言う筆者も、かつては相当数の家庭教師をこなしていたものだが、子どもの教育や学習、学力といった問題について、本当に真剣に考え始めたのは、実は自分が親になってからである。

実際に子どもをもってみないと、親の気持ちなどはわからないものなのだ。

 

おわりに

 さて、再び「学習障害」の話に戻ろう。

あくまで筆者の主観的な予測なのだが、将来、社会の価値観が多様化していくにつれて、今は「学習障害」とされていることも、次第に「障害」とは意識されなくなっていくだろうという気がする。

おそらく、大学教育もこれに対応し、「学習障害」をもつ人が入学しやすいように変わっていくのではないだろうか。少なくとも、少子化が進行するなか、そうすることで差別化をはかろうとする大学が出て来てもおかしくはない。

「学習障害」があるといっても全体的な知能に問題があるわけではないので、やり方を工夫すれば大学教育を受けることは不可能ではないはずである。例えば、試験を筆記試験ではなく、学力考査も含めて口頭試問にするなどのやり方である(欧米では、むしろ口頭試問こそがふつうの試験方法なのだから、日本で導入しないほうがおかしいのだ)

そして、将来は、そのような教育を受けた人たちの中から「学習障害」専門の教育者になる人がきっと出てくる。サリヴァン先生も、実は目が不自由だった。障害者だったのだ(手術をして見えるようになった)。その経験があったからこそ、ヘレン・ケラーの先生として、奇跡を起こすことができたのである。

また、はじめに述べたように、学習障害をもつ子どもが、1クラスに23人という比率でいるのだとしたら、これまでも相当な数の子どもたちが、それと知らずに大人になり、困難をかかえつつも、これを克服し、社会で活躍しているに違いないのである。

希望を捨ててはいけない。

 

 最後になるが、このサイトの内容は、必ずしも「学習障害」に対応したものではない。けれども、障害のあるなしによらず、わが子の教育について真剣に考えておられる人たちのために、同じ親として、よき相談相手となれるようなものを目指している。参考にしていただければ幸いである。

 

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