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「中学受験本」 総まくり

中学受験を決める前に読むべき本とは?

 

 

「中学受験本」とは何か

 もし本というものが単に読書の喜びを与えたり、有用な情報を伝えるためだけに書かれているのだと思うなら、それは素朴に過ぎるというべきだろう。

 世の中には、「親身な助言」あるいは「客観的なデータ」という体裁をとりながら、読者に対してある一定の行動(その多くは購買行動)をとるように促すような本の一群がある。不動産、金融というのがその代表的なジャンルなのだが(最近は「婚活」というネタもある)、その多くは一生の間にめったに経験しないような大きな買い物を前に躊躇していたり、買うべきか、買わざるべきかと思案中の読者の背中を押すといった内容のものだ。そしてさらに一歩すすんで、あわよくば読者を顧客として取り込もうという意図をもって書かれている。

 実は、いわゆる「中学受験」本の多くも、明らかにそのテの本なのである。

 

 表1を見ていただきたい。

 

1  「受験」をタイトルに含む本(杉並区立図書館)

00

01

02

03

04

05

06

07

08

09

10

11

中学

3

2

5

5

1

9

12

23

27

27

32

17

高校

0

0

0

0

0

0

1

0

6

3

4

4

大学

2

0

1

1

3

3

3

5

5

5

5

4

全体

11

12

14

13

15

18

26

51

67

54

58

42

 

 これは、都内の区立図書館に所蔵されている書籍のうち、タイトル中に「受験」の二文字が含まれているものがどの年にどれだけ発行されたかを集計したものだ。これを見ると、例えば2000年に発行された書籍の中で「受験」という語がタイトルにある本を、この図書館では全部で11点所蔵していることがわかる。これは単に「受験」の語さえ含んでいれば、「小学校受験」、「お受験」から「中学受験」、「大学・大学院受験」、はたまた一般の資格試験の受験に至るまでの、すべての本の合計である。そのような本で2000年に発行されたものが、ここには11点所蔵されているという意味だ。そしてその11点のうち、「中学受験」に関するものは3点あり、「高校受験」に関するものはゼロ、「大学受験」に関するものは2点あるということがわかる。

 このようにして2000年から2011年の発行分まで調べていくと、「高校受験」「大学受験」に関するものがほぼ横這いか微増程度なのに対して(これには『受験案内』などの冊子も含まれるので、いわゆる「書籍」となると、もっと少ない)、「中学受験」に関する書籍は2005年あたりから激増しているのがわかるだろう。実に、「大学受験」と「高校受験」をあわせた数の3倍にもなっているのである。

 

「中学受験」本の著者たち

 では、そのような「中学受験」本とは、いかなる著者によって書かれているのか。調べてみると、多くは進学塾・受験塾の経営者ないしその関係者であることがわかる(これは、東大合格をテーマとした本の多くが体験記であって、受験業界関係者のものが少ないのと対照的である)

参考 [中学受験本一覧--進学塾・受験塾によるもの1]

 [中学受験本一覧--進学塾・受験塾によるもの2]

[東大合格本一覧--予備校、コンサルタントなど]

[東大合格本一覧--合格体験記、現役東大生など]

言わば、「中学受験人口の増加によって直接的に儲かる人々」が書いているわけで、そうなると、中学受験を奨めない本を書くとはまず考えにくいだろう。

まさに図星であり、あるものは執拗に、あるものはさりげなく公立校を批判し、中学受験を奨める。「少子化」という逆風の中、天の恵みのごとく吹いてきた「ゆとり教育」という追い風に何としても乗ろうと必死の様子が、「中学受験本」の内容からも、出版点数からもありありと見て取れるのである。一方、横這い状態の「高校受験」「大学受験」は、さほど有望なマーケットとはみなされていないようだ。

 これら「中学受験」本の特徴を一言で表すならば、「公立校に対してはどこまでも厳しく、私立の中高一貫校に対してはどこまでも甘く」(『亡国の中学受験』)というものである。その論法は実に巧妙で、およそ人の子の親であるなら、これらのうち1冊でも手にとって読めば公立校に対する不安を掻き立てられること請け合いである。実際これらを読んでわが子の中学受験を決意したという親も多いのではないだろうか。

だが、ここで冷静さを失っては著者たちの思うツボにはまることになる。やはり数字に語らせてみようではないか。

 

公立校の実際

公立校とは「本当に」そんなにひどいのか。

 次の表2を見られたい。

 

2        東京大学入試合格者数とその出身高校 2011

人数

46-

41-45

36-40

31-35

26-30

21-25

16-20

11-15

6-10

1-5

私立

7

1

1

5

4

6

3

12

15

143

国立

2

 

 

1

 

 

 

3

2

5

公立

 

 

1

 

4

2

6

13

33

173

 

 これは、2011年の東大入試合格者の出身高校を、私立、国立、公立に分け、さらに何名ずつ合格者を出している高校が何校あるかを調べたものである。これによれば、この年、46名以上の合格者を出している高校は私立が7校、国立が2校あり、公立高校では41名以上の合格者を出しているところはない。

つまり、東大合格上位10校は、すべて私立と国立の中高一貫校が占めていることになる。全合格者3000名強のうち、これら上位10校だけで800名ほど、およそ4分の1強になる計算だ。

 ただし、これらの超エリート校を別にすれば、私立・国立校と公立校の合格者数がほぼ拮抗していることもこの表から見て取れるのではないだろうか。この年、東京大学に合格した公立校出身者は1000人強であったが、これは全合格者から超エリート校10校を除いた残りのほぼ半数が公立校の生徒だったということである。

 

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一流大学合格者の半数は公立校出身者

 公立校のこの意外な健闘ぶりは、東大以外の名門大学入試においてはさらに顕著となる。なぜなら「東大入試における開成」のようなダントツの存在がいないからだ。例えば、同じ年の京都大学入試の合格者とその出身高校について同様の集計をした結果は次のようであった。

 

 表3   京都大学入試合格者数とその出身高校 2011

 

46-

41-45

36-40

31-35

26-30

21-25

16-20

11-15

6-10

1-5

私立

7

1

1

 

2

4

2

6

17

157

国立

 

 

 

 

 

1

1

2

3

3

公立

3

1

1

 

3

5

11

8

36

240

 

 これによれば、この年の京都大学入試では、合格者数ランキングの上位では私立校が多いとはいえ、全合格者数でみるならば結局のところ公立校出身者が私立・国立の中高一貫校の出身者を上回っているのである。

 むろん公立校に荒れたところがあるのは確かであろうし、私立校の一部が公立校よりも優れた学習成果を出しているのもまた本当だろう。しかしこれらの結果からも明らかなように、だからといって多くの「中学受験本」が説く通りに「私立校であればすべて善く、公立校であればすべて悪い」ということにはならないのだ。

東大・京大の合格者を1人でも出している高校であればそれなりのレベルの教育が行なわれているはずであり、公立校の裾野の広さを思えば、たとえ東大・京大合格者はいなくとも優れた教育を施している学校はわんさとあるに違いない。要は、「公立校にも善いところはあり、私立校にも善くないところはある」という、ごく当たり前の結論に落ち着くのである。

 

まずは、中学受験塾関係者でない著者の本を

 だとすれば、「わが子に中学受験をさせるべきか、させないほうがいいのか」と迷っている段階で、あるいは「中学受験って、中高一貫校ってどんなものだろう」と予備知識を仕入れようとする段階では、これらの進学塾・学習塾関係者の著書は読むべきではない。ほぼ間違いなく、公立校に対するあらぬ偏見を植え付けられることになるからだ。ただし、私立校受験の決心がついたときに、その決意をさらに強固なものとする目的のために読むのなら、それなりの効果が期待できるだろう。

 それでは、決心がつかない段階でまず手にとるとしたら、どんな本がいいのだろうか。

 まずは、あなた(とお子さん)が中学受験したとしても、それで儲かるわけではない人たち、すなわち、あなたを特定の方向に誘導しようとする直接的な動機を持たない著者の本を選ぶべきである。それは、作家、エッセイスト、ジャーナリストといった肩書きの人たちだ。「中学受験」とはよほど大きなマーケットと見えて、そういう著者による本もまた相当数が出ている。これらは、少なくとも塾関係者の書いたものよりは客観性があると期待できる。あるいは、あまり客観的とは言えないかも知れないが、体験記といったものも実感が伴っていて参考になるかも知れない。

参考[中学受験本一覧--エッセイスト、ジャーナリストなど1]

[中学受験本一覧--エッセイスト、ジャーナリストなど2]

[中学受験本一覧--体験記]

 

ジャーナリスト本が中立とは限らない

 ただし、ここでも鵜呑みは禁物である。ブームに乗って出した本が評判になればちょっとしたカリスマか、教育評論家か、あるいはコメンテーターなどになれるかも知れない分野だけに、塾関係者とは別の意味で利害のある著者もいるだろうからだ。そんな著者が受験業界を敵に回したくなければ、あからさまに中学受験を批判したりはしないに違いない。

そういう事情もあってか、ジャーナリストによる本が一応客観的な体裁を整えるために「私立校の問題点」や「公立校の長所」について述べていても、何となくトーンダウンしている印象は否めない。何より取材の対象が、私立の中高一貫校に通っている生徒やOBOG、親などに偏っているために、結局「中学受験してよかった」という結論にしかならないのだ。

受験するべきか否か迷っている親たちのために本当に判断の材料となるためには、受験校を全落ちして公立校に行かざるを得なかった生徒や、一般の公立校からでも一流大学に合格した生徒などの観点も取り入れるべきだと思うのだが、取材先が偏っているために軸が私立のほうにずれてしまい、中立的な記述になっていないのである。

体験記」もまたしかりである。落ちた人は体験記なんて書かないし、たとえ書いても出版してもらえないからだろうか。従って、これらの本の内容もある程度は割り引いて判断しなければならない。

 

「不安なタイトル」が多いのはなぜか

 ところで、今回調べてみてわかったことだが、「中学受験本」というのは実に不思議な分野で、潜在的読者を不安にさせるようなタイトルが目白押しである。いわく、『後悔しない中学受験』、『迷わない中学受験』、『わが子を中学受験で破滅させない法』、『中学受験わが子をつぶす親、伸ばす親』、『泣かない中学受験』といったものだ。これらはとりもなおさず、中学受験する(させる)ことで、後悔したり、迷ったり、泣いたり、わが子をつぶしたり破滅させたりすること(!!)があり得ることを示唆しているのではないか。

しかし、ちょっと考えてみれば、もしこれが他の受験、例えば大学受験であれば、『後悔しない東大受験』、『泣かない大学受験』などというタイトルは滑稽でしかない。もちろん、大学受験にも後悔はあるし、泣くこともあるだろう。それなのに、いや、それだからこそ、そういうタイトルはおかしいのである。なぜなら、ふつう受験というものは、後悔したり泣いたりする可能性を当然のこととして受け入れた上でするものだからだ。泣くのが怖いなら受験なんてするべきではないし、受験で泣くのは結局は自分のせいなのだ。それが、こと中学受験に限っては、『後悔しない』、『迷わない』などというタイトルが何の不思議もなく読者を惹き付けてしまうのだとすれば、それは現在の中学受験という制度に、他の受験にはない理不尽さを感じているからではないだろうか。

 

 

「消去法」で受験する理不尽

その辺りを非常にうまく突いている本が、『亡国の中学受験 公立不信ビジネスの実態(瀬川松子著、光文社)である。瀬川氏は、中学受験ビジネスを正面から批判するほとんど唯一の論者だといっていい。

とはいえ、私立の中高一貫校を受験すること自体が悪いわけではないだろう。問題は、「私立校に行きたい」から受験するというより、「公立校がだめだから私立を受験せざるを得ない」という言わば消去法的な選択になっていることであり、中学受験ビジネスによってそのような公立不信が必要以上に煽られていることなのである。何が「理不尽」と言って、国民の権利として当然に(しかも無料で)受けられるはずの公教育に本来あるべき質が確保されていないがために、払わなくてもいい費用をかけ、しなくてもいいはずの苦労をわが子に強いねばならぬことこそ理不尽なのだ。

 やはり受験とは、「行きたいところに行く」ために受けるべきものである。「行きたくないところを避ける」ために受けるというのは、どこかおかしい。

 

私学を自壊させる「公立不信ビジネス」

むろん公立校や教育行政にも責任がないわけではない。国民の教育とは基本的に国家の責任において行なわれるべきものであって、民の役割は補完的なものにすぎないだろう。公立校が質の高い教育を確保する一方で、私立校は公立にない特色を備え、その特色に惚れ込んだ生徒が進学し、それを進学塾がサポートする、というのが本来の姿であるはずだ。ところが現状はといえば、もとはと言えば教育行政が撒いた不安の火種を、受験塾・進学塾業界がこぞって煽りまくった結果、あたかも大火事のような騒ぎになっている。

こんなことをいつまでも続けていたら、あえて子供を産んで育ててみたいと思う人など誰もいなくなるのではないか、とさえ思えるほどだ。受験業界にとって、「公立不信ビジネス」は、短期的には有効なサバイバル手段ではあるかも知れないが、長い目で見れば少子化をいっそう加速させ、私学も受験業界もいつしか自らの首を締める結果になることは目に見えているではないか。反対に、金銭面も含めて、親の負担が少なく質の高い公教育環境が整備されていることこそが結局は少子化に歯止めをかけ、私学そして進学塾業界の生き残りにもつながるのだろうと思う。

しかし残念ながら、そういう観点から書かれた中学受験本を見たことはない。

 

中学受験ブームのプラス面

と、ここまで書けば、あたかも中学受験とはすべて悪であると言っているような印象を与えるかも知れないがそういうことではない。「公立不信ビジネス」によらない、「行きたい学校に行く」ための中学受験はあって当然だし、選抜方法等に改善の余地があるとしても、受験それ自体が批判の対象となるべきものではないと考える。

さらに昨今の中学受験ブームには、プラス面もあることを強調しておかなくてはならない。しかもその恩恵は、中学受験しない子供たちにさえも及んでいると言えるのだ。

その恩恵とは何かと言えば、まず小学生向きのさまざまな学習書の出版や教材の開発である。直接に「中学受験用」を謳っていなくても、おそらくは中学受験を意識した内容の補助教材的な絵本事典・図鑑、学習まんが、DVDカルタや算数ゲームなど、多彩かつ詳細な内容のものが出ている。少子化が進行し児童書のマーケットが縮小する中、もし中学受験という制度がなければ、これほどの数は出なかったのではないだろうか。おかげで、中学受験しない子供であっても楽しく学習できる。マンガなどによる学習の先取り効果は意外に大きいのだ。中学受験する、しないにかかわりなく、このような遊びの要素を取り入れた教材は、子供に与えれば面白いように覚えてくれるのである。

参考 [学習まんが--理科・科学]

[学習まんが--社会・国語]

[学習まんが--算数・数学]

 

先取り学習の効用

また、中学受験・中高一貫校と言えば、いわゆる「先取り学習」である。これを悪く言う人もいるが、それは当たらない。それどころか、むしろ先取りは積極的に推奨されるべきことだと思う。それというのも日本の教育カリキュラムは、小学校・中学校の内容が薄い分、高等学校に負担が集中しすぎているからである。公立の場合、中学から高校に入って急に難しくなり、面食らった経験のある人も多いのではないだろうか。中学校までは理解の底が浅くても点がとれたりする。そこで自分は優等生だと思って高校に来たところが、新しい内容が多すぎて授業についていけなくなってしまうのだ。だから多すぎる高校の内容を、なるべく前倒しして中学で勉強することによって平準化し、高校段階での負担を減らしたほうがいいのである。

このような先取りが、高校入試のない中高一貫校では公立校に比べてやりやすいのは明らかだ。確かに、これは大きなメリットに違いない。

 

「先取り」の意味

ただし、単なる授業の前倒しでは芸がなさすぎる。ただ授業のスピードを速くして、応用問題は宿題にしてどんどん先に進むというやり方では、負担が重くなる時期が早まったというだけであって、負担の重さは変わらない。かえって重くなるかも知れない。それでは、「先取り」の意味をはき違えているに過ぎない。消化不良を防止したいのに、消化不良を早めているだけなのである。

そもそも「先取り」の意味とは何か。なぜ「先取り」したほうが学習効果が上がるのか。それは、早めに全体像をつかんで見晴らしをよくしておくことによって、学ぶべき項目それぞれの関係がわかり、それまでばらばらに見えていたことが一つに整理されるからである。それが「わかる」ということだ。

これは、山登りみたいなものである。山頂に辿り着けば見晴らしはよくなる。だが、そこが山頂までの最短ルートだからといっていきなり崖から登り始めるよりは、遠くてもなだらかな道を行ったほうが楽に決まっているではないか。ただし、遠い道を行くのであるから、早めに出発する必要がある。その「早めの出発」こそ「先取り学習」の意味である。

このような「先取り」の考え方については別に詳しく論じることにするが、このような考えに基づいて小学生の段階から中学の学習内容について予備知識を得ておくことは、別に中学受験をしない子供にとっても悪いことではないし、先に述べたような教材を活用するなら楽しみながらできてしまうことなのである。

 

「私学の理念」に触れる意味

さらに、いわゆる「創校の理念」に触れられることも私立校のメリットの一つであるとされている。「理念」なんて何の役にも立たない能書きだと思っている人もいるだろうが、これを本気で信じていなければ学校なんて造れるものではない。企業経営の場合も同じことであって、「理念」がなくてモチベーションが金儲けだけなら、儲からなくなった時点でアウトである。ましてや学校を造って大儲けできるとは誰も思わないだろうから、私学にとって理念とは「存在理由」とほぼ同義であると言ってもよいほどのものだろう。ところが言うまでもなく、理念だけで経営が成り立つわけがないのだ。学校といえども金銭的収入が絶たれれば倒産するほかはない。かといって金儲けのことばかり考えているなら、そこはもはや学校とは言えない。私立校に通う生徒は、意識するとしないとにかかわりなく、この理念と経営、理想と現実のバランス、あるいはギャップを目の当たりにすることになるだろう。

考えようによっては、これは公立校に進学した者には経験することのできない、私立の中高一貫校に進学した生徒だけが享受できる大きなメリットの一つではないかと思う。なぜならば、世の中というものは、結局のところ理想と現実のバランス、あるいはギャップによって動いていくものだからだ。実は公立にも「理念」はある(公立校の理念とは、戦前は教育勅語であったし、戦後は日本国憲法である)。というか、先生よりも生徒が少なくなってもなお潰れない公立校とは、むしろ「理念」のみがあって「経営=現実」を欠いている存在なのである。これに対して、「理念=理想」と「経営=現実」の両方を備えた私立の中高一貫校こそ、子供たちにとっては世の中の仕組みを知るためのよい予行演習の場になるのではないか。

 

私立中高一貫校校長の著書など

その意味で、私学の理事長や校長先生には積極的に発信し、人生の指針を示していただきたいものだと思っている。だが、著書を出しておられる方は意外に少ない。その中では、『女の子が幸せになる子育て( 紫穂子著)、『男の子がやる気になる子育て(川合 正著)などが代表的なものだろう。いずれも中学受験本でも自校の宣伝のための本でもないが、学校の理念と経営の一端から校長の人柄まで垣間見ることができる好著である。

だが何と言ってもその白眉は、『時に海を見よ(渡辺憲司著)であろう。震災のために卒業式を中止した高校3年生に向けたメッセージが基になっている本だが、こういう言葉を贈られる生徒は本当に幸せ者だと思える。

 最後に、およそ受験や子育て、学校選択などとは関係のなさそうな本を是非ご紹介したい。『僕は君たちに武器を配りたい(瀧本哲史著)。これはもともと大学生や社会に出たばかりの若者に向けて、すでに始まっている非情かつ冷酷な「本物の資本主義」をどう生きるかを説いた書物である。これから子供たちが生きることになろう現実社会がどんなものであるか、そしてどのような資質を備えた者が生き残っていけるのか、その見通しについては親として多少なりとも知っておくべきだろう。では、生き残るためには何を学ぶべきなのか。それはどこで学べるのか。私学なのか、公立なのか。そもそもそれは学校で学べるようなことなのか。もし学校で学べないのだとしたら、どうすればいいのか。

おそらくは、それとなく親が教える以外にないのかも知れないのである。

 

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